原作本

私がベルエポックに参加することになったのは、ちょうど主宰する劇団疾風DO党が新宿のシアターモリエールで『GOOD MAN !』の公演を行っていたときだ。1997年の5月のこと。プロデューサーの梅川氏とフジテレビの喜多さんが劇場に訪ねてきてくれた。松岡監督が現在準備している作品だと原作の漫画を手渡された。どうやらもうすでにかなりの時間をシナリオ作りにさいているらしい。ある女性ライターと監督がシナリオをつくっているという。しかしなかなかお互いの納得いくものができなく、煮詰まっているらしい。そこで、『トイレの花子さん』でコンビを組んだ私に話しが回ってきたのだ。

私はなぜかこういう形での仕事の依頼が多い‥‥まあそれはいいとして、とにかく漫画を読んでみる。ふ〜ん、丁寧な話の作りで結構面白い。30歳前後の女性達の青春?群像劇だ。頼られたからにはいっちょやったるか、と引き受けることにした。そして、女性ライターからバトンをうけついだ私が走り始めた。しかし、そこからが長い道のりだった。諸事情で、準備稿を数週間後にはあげなくてはいけないという状況。それがないと企画が流れてしまうかもしれないのだ。しかも読む人を納得させる面白いものでなくてはいけない。

さっそく調布の日活撮影所で打ち合わせの開始。それまでにできていた台本も読ませてもらい、なにがどういけないのか、なにが足りないのか、延々とディスカッション。誕生日の5/16日もディスカッションで終わってしまった‥‥。そしてなんとか話の骨格を作り、細部を詰めて、ハコ書き(言うなれば、シナリオを書くための設計図のようなもの)を作り、あとは書くだけというところまでこぎつけた。そして5/20、お台場のフジテレビの正面にある、ホテル日航東京にチェックイン。缶詰めで一週間で書き上げる予定だ。その部屋が下の写真、一泊○○万円もする?ガーデンスイート。このときの様子はエッセイに詳しく書いてあるのでそちらをどうぞ。■ エッセイへ

←お茶を入れている梅川氏。奥が監督で、手前の机は私の。

監督と私の作業場。マック2台をつないで作業→

←真面目に仕事してる二人。

夜、と言うより明け方、くつろぐ松岡監督→

←二人が寝泊まりしたベッドルーム。

ガーデンからはレインボーブリッジが見える。→

←ガーデンから作業している部屋を見た図。

作業している部屋から見たガーデンの図。→

 

こうしてなんとか準備稿は完成した。
しかし、シナリオ作りの本番はこれから。この出来上がった準備稿をもう一度検討し、各方面の意見(これが‥‥(i_i))を聞き、自分たちが納得できるように闘ってゆく。もちろん自分自身とも闘う。場所を日活影所のプレハブに移し作業開始。ガーデンスイートからプレハブへ‥‥。毎日毎日、日活へ通う生活。印刷しては時間をおき、また検討。その繰り返し。納得できるまでやる!!いつになったら終わるのかわからない作業が続く。内容も変わってくるし、ラストシーンなんか全然違うものになった。今回はよくなったと思うが、時として改悪になることもあるから難しい。キャストも決まってくる。そのイメージも大切な要因。そして準備稿から、準備稿No.2、準備稿No.3、初稿、決定稿、撮影稿と、印刷された台本だけで6冊!!完成したのは9月だった。

シナリオ