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脚本家で 演出家で 劇団座長、福田卓郎のOfficialサイト

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福田が雑誌やパンフなど色々なところに書いたものです。

シナリオなどの仕事をしていると、時々有無を言わさず拉致されることがある。
俗に言うカンヅメというやつだ。
サラリーマンの友人は「あこがれるなあ~」などと言うが、
実際は仕事なのだから、無理やり営業ノルマを普段の5倍くらい押し付けられる
ようなものなのだ。
場所はホテルであったり、旅館であったりいろいろだが、
いずれにせよ楽しいことではない。
だが私のような怠け者に期日までに書かせようとするには、
これはけっこうよい方法だったりする。
だいたいシナリオライターには締め切りが近づいたり締め切りが過ぎたりして
切羽詰まらなくてはエンジンがかからない連中が多い。
だから書かなくてはいけない状況に追い込むのは、
プロデューサーから見れば当然のこと。


私が最初にカンヅメを経験したのは映画デビュー作の『就職戦線異状なし』の時。
金子修介監督と神楽坂にある“和可菜”と言う旅館にこもった。
和可菜の部屋には掘りごたつがあり、今どき掘りごたつとは
なんとも妙な旅館だと思ったことをよく覚えている。
あとで知ったのだが、和可菜は映画界では有名な旅館で、名
だたる監督や脚本家が和可菜に泊って名作を作り上げていた。
「和可菜に泊らなければ一人前の脚本家とは言えない」というくらいの
映画界御用達の旅館だったのだ。


しかし駆け出しの若造にはその由緒ある旅館の風情も
ただ単なる暗いイメージでしかなく、
「ふ~ん、こういうところで作業するなんて、日本映画って本当にお金がないんだ」
などと勝手に納得していた。
その辺のホテルなんかよりよっぽど執筆するのに適しているのに。
知らないと言うのは怖い。
しかし知らなかったからこそプレッシャーを感じることなく
私は作品を書くことができた。
いや、やはり和可菜にはライターに作品を書かせる何かがあって、
そのおかげで完成させることができたのかもしれない。


 怠け者の私はその後もいろんな場所でカンヅメにされた。
遠いところでは長野の山のロッジというのもあった。
美しいところで眺めも最高、ロッジも一流ホテル並の豪華さ、
おまけに雪が降ってきて最高のロケーション‥‥だが、
もちろんこれは俗世間と接触を完全に絶たせて
書かせようとするプロデューサーの作戦。
結局私はあまりの寒さにロッジから1歩も出ず、書くしかなくなる。
 
その反対に人が溢れる流行の最先端の場所で書くということも経験した。
御台場にあるホテル日航東京のガーデンスイート。
窓からは東京湾が一望でき、木のテーブルとイスが置いてある庭からは
レインボーブリッジが見え、時々遠くを羽田からの飛行機が通り過ぎてゆく。
明るくてきれいで解放感のある広い室内。もちろん1泊10万円以上する。
これほど贅沢なカンズメは今まで経験したことがなかった。
‥‥たぶんこれからもないだろうが。
 
その部屋で書いた作品はフジテレビの制作する映画『ベル・エポック』。
フジテレビが御台場に移転して、
打ち合わせ等をするには近くの方がいいとうことで
用意してくれた部屋だった。監督は日芸の同級生である松岡錠司で、
彼とは『トイレの花子さん』のときも一緒に調布のホテルでカンヅメを経験している。
その時も最上階のスイートだったが、同じスイートでも今回の部屋と比べると‥‥。
 
私と松岡監督は日航東京に入る前日まで調布の日活撮影所で
プロット作りの作業をしていた。
プレハブの2階にある暑くて狭い部屋。それが1夜明けると豪華ホテル。
なんとも奇妙な感覚だ。だが気分は文句なく良い。作業も夜型で順調に進む。
明け方の4時、5時まで作業して、夜の海を眺めながらビールなどを飲んで雑談。
夜が完全に明ける前にベッドに入り、11時頃に私が先に起床。
私がシャワーを浴びて庭で新聞を読んでいると監督が起きてくる。
そして昼食をとって1時くらいから作業開始‥‥という生活のリズムも
3日目くらいにできあがった。
 
あとで監督と話して二人の意見が一致したのだが、
男2人が1週間の間24時間顔を突きあわせていてストレスを感じずにすんだのは、
窓から見える海の景色のおかげだであろう。
確かに考えに詰まったりすると二人とも必ず海を見ていた。
 
だがこんな快適と思えるホテルのカンヅメにも思わぬ落とし穴があった。
それは食事である。私と松岡監督は毎日毎日何を食べるか多いに悩んだ。
その理由は味ではなく値段だ。
とにかく高い。
もちろんカンヅメにされているのだから
支払いは部屋につけてフジが払うことになる。
だったらいいじゃないか、と思われるかもしれないが
貧乏人の小倅二人にはそうはいかない。
気が引けるのだ。どこか安いところはないかと髭を生やした男二人が
毎日ホテルの中をうろうろする。
もしかすると一部のホテルの人にはカップルだと思われたかもしれない。
そのくらい二人で連れ立って毎日うろうろ。
 
結局最初の日に二人で食べた昼食の懐石弁当が一人6千円。昼飯に6千円。
この値段にびびった二人は、夜はルームサービスにしようと
一番安いビーフカレー3千円を注文する。
なんとも情けない話だ。翌日からも食事は難問となって二人に襲いかかる。
昼食でも5千円近くするのだ。
まして夜となると更に高い。それでも3日目くらいに
「1泊10万以上の部屋に泊ってて、なんでこんなことで悩まなきゃいけないんだ。
これはおかしい」
と思い切ってビュッフェスタイルのレストランで高い夕食をとった。
しかしなんだかおいしくない。どうもうしろめたい。
「こんな高いもん食ってたくせにできたシナリオがこれか!」
と思われたらどうしよう‥‥などと考えてしまう。
 
シナリオの内容で悩むのはいいが、
こういうなんの創造性もないことで悩むのはつらい。
結局この問題は1週間我々の頭を悩ませた。
しかし毎日店を決めかねてうろうろしながらも
「最後の日はここに来ような」と暗黙のうちに二人が了解している店があった。
最終日、二人は意を決してその鉄板焼の店へむかう。
御品書きにあるコースは3つ。3万円、2万5千円、2万円。
二人は顔を見合わせ「これにしよう」と2万5千円のコースを指さした。
あ~情けない。
しかも食べているとき周りを見ると、皆3万円のコースを食べている。
 
 その後、半年以上の時間をかけ『ベル・エポック』は完成。
98年の秋に公開予定となっている。
幸い「こんな高いもん食ってたくせにできたシナリオがこれか!」とは
思われなかったようだ。
 
今回のように好条件でなくても、
カンヅメにはそれなりに適した環境というのがあるようだ。
それは監視する人の存在と部屋の広さ。私の場合、圧迫感が一番の敵となる。
渋谷のあるホテルで1週間カンヅメになった時、
部屋が狭くてその圧迫感に耐えられず、
すぐに気分転換の散歩に出かけてしまうということがあった。
5日目になってもまだ1ページも書けてなかったのだからひどい。
その反対に集中できる環境だと筆が進む。
そういえばカンヅメしながら違う仕事2本の台本を書き上げたこともあった。
もちろん秘密で‥‥。
 
 こうやって思い出すと、結構カンヅメになっている自分に驚く。
本当はそんなことしなくてもちゃんと締め切りを守って良い作品を書けるのが
プロというものなのだろうが、まだまだ私にはその力も信頼もないようだ。
「ここに泊らなければ一人前の映画の脚本家とは言えない」といわれた
“和可菜”に運良く最初から泊ることができた私なのだが‥‥いや、待てよ。
そういえば私は和可菜でカンヅメになったけど「寝るのは家がいい」と
無理を言って毎日帰っていたじゃないか。ということは‥‥。
なるほど、やはりそう簡単に一人前にはなれないようである。


            (98「映像研究」掲載)