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脚本家で 演出家で 劇団座長、福田卓郎のOfficialサイト

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福田が雑誌やパンフなど色々なところに書いたものです。

レインボーマンはずるい。違う能力を持った7つの姿に変身できる。
ヒーローのくせに欲張りだ。
7つも変身できれば、シネシネ団のどんな怪人がやってきても
やっつけることができるじゃないか……
あの頃まだ小学生だった私はテレビを見ながらそう感じていた。
7つもの違う力を持ったヒーローに嫉妬していたのだ。


大人になってライターとして仕事を始めた私は
いつの間にかそのレインボーマンになっていた。
普段の私はレインボーマンでいうところの『ダッシュ7・太陽の化身』だろう。


太陽の化身はすべての能力を程よく持っている。
レインボーマンもほとんどを太陽の化身で戦っていた。
だが厄介な敵が現れたとき、彼はその敵に合わせた化身に変身するのだ。


私も同じだ。現在は映画とテレビ、そして舞台が中心だが、
それ以外にもラジオドラマ、アニメーション、ラジオCM、プラネタリュウム、
企業VTR等など振り返ってみると節操のなさは我ながらあきれる程。
そしていつも決まったようにそこには厄介な敵?が現れた。


テレビの本を書いて「これは舞台だね」と言われたこともあるし、
アニメを書いて「これは実写だね」と言われたこともある。
映画を書いて「これはテレビだよ」とか、
テレビのシナリオで「映画じゃないんだから」ともいわれた。
「じゃあ何が舞台で何が映画で何がテレビなんだ、教えてくれ!」
と言い返したいところだが、
そこはぐっとこらえて心の中でつぶやくのだ。
アノクタラサンミャクサンボウダイ、アノクタラサンミャクサンボウダイ、
アノクタラサンミャクサンボウダイ……。
お好みのライターに変身だ!
映画の化身、テレビの化身、舞台の化身、ラジオの化身、
シリアスな化身、コメディーの化身、私の中にも7つくらいの違う自分がいるようだ。
いつの間にかそれを使い分けるようになっている。


これは非常にヤバイ。
自分でもそれぞれ何がどう違うのかよく解っていないのに使い分けているのだ。
映画やテレビという枠を
プロデューサーや監督の好みに合わせて自分で勝手に決めつけてしまい、
作品をその中に押し込もうとしているわけ。
これじゃ枠からはみ出す画期的で独創的な物語など創れるわけがない。


自分に仕事が来るということは、
自分の書く作品のもっている個性が評価されているのだと信じたい。
福田卓郎らしいと思ってもらえるものを、自分の作品には持っていて欲しい。
その個性を自分から放棄してしまうのは愚か者だ。
これからはどんなときも福田卓郎という化身で戦おう。
今年はそんなことを考えている。


子供の頃に嫉妬を覚えたヒーローの能力は、実は弱点でもあったのだ。
7つの化身に変身できるということは、裏を返せば7つの力を一度にフルパワーで
使うことができないということ。
しかもレインボーマンは戦いの後には必ずヨガの眠りをとらなくてはいけない。
そういえば、変身して戦った後には、
私にも必ず書けなくなるヨガの眠りが待っていた……。
 
            (「月刊ドラマ」掲載) 1997/4/2